脳髄のフィラメントが、次から次に弾けていく。
その度に新たな力がその手に宿るのだ。未だ完全ならざる衛宮士郎にとっての、それが魔術行使の代償だ。
宇宙の全てをひとつにすれば、プラスマイナスゼロになる。
等価交換。エネルギー保存則でもいい。一見そうでないような、物理法則を超越したどんな奇想天外な出来事であっても、やはりどこかで辻褄合わせが行われているのだ。
──ならば。目の前の『負』の辻褄合わせは、一体どこにあるのか。
山と立ち塞がるそれらは、士郎に奇妙なデジャヴを与えた。ずきん。脳裏に咲く火花に紛れ、見覚えのないはずの、間違えようのない記憶が蘇る。虚ろな四日間、幾度も幾度も繰り返し、覆いかぶさってくる狗のような骸達の──
かぶりを振ってその幻影を振り払う。見覚えのない記憶も、今はどうでもいい。ただ今は、立ち止まらず、前に進むことだけを考えなくてはいけない。
その、絶対的な死を祓おうと思うのならば。
「
投影
(
トレース
)
、
完了
(
オン
)
」
あの、憎しみ合うばかりだった赤い弓兵も、こんな状況でなら、きっと共に戦えただろう。
例えどれだけ未熟だろうと、磨耗していようと、その奥底に根ざす気持ちは、
「──
偽・螺旋剣
(
カラドボルグ
)
!!」
- Dead/Happy World End -
せいぎのみかた
一瞬にして、そこは彼のフィールドとなる。
地面からアッパーカットのように突き上げる巨木は留まることを知らず、低空の敵をも飲み込んで群体としての己の存在を誇張する。
それは森だった。
樹齢百年ではきかない大樹が、敵諸共に文明社会の象徴を砕きながら、太古の地球を現出させる。
生まれ続ける森の、その最先端を走る少年。奇妙にも、高速移動するその足は動くことなく、地を滑るようにして移動している。
空を覆う黒影の下を徒手で走るその姿は、見るものが見れば狂気に違いなかった。
その少年に、正面から滑空してくる敵が一体。自爆覚悟の特攻である。
後退を知らないのはどちらも同じだ。
だが、
「ゴミを木に──」
少なくとも彼は、自爆だとか、特攻だとか、そういった結果を目指して走っているのではない。
「──変える力!」
ゴ、という打破の音。少年、植木耕介の手にあったコンクリートの欠片は、更なる一歩を踏み出すと同時、瑞々しい巨柱の木となって打ち出された。鐘衝きよろしく殴打された敵は、衝撃に自らの加速度を加えてバラバラに砕け散った。
同様に砕け散った木の破片をその手に掴み、
「
快刀乱麻
(
ランマ
)
!!」
手の内より生まれる木の刃。残った木ごと、その向こうにいた敵の群れを薙ぎ払った。
その疾走は止まることはない。
続く仲間のための足場を生み出しながら、穢れた大地を掃討していく。
今や空は黒一色で、突き抜けるような蒼穹も、柔らかな白雲も見えはしない。
だが太陽だけは、今も地上にある。
森を作りながら走る植木のその更に前方、一層とその漆黒を濃くしていくいやさきに、武藤カズキはいた。
「おぉオオ────────ッ!」
雄叫びを上げ奔る光は、苛烈でありながら温かで、破砕を担いながら護りを司るものだった。
かつて手放したはずの力を、また戦いに使うことに迷いはない。
それは再びこの力が、そして自分が、必要とされているということだ。護るべき人々を護るために。そこに否応などあるはずがない。
この力は確かに、人の身には過ぎた力だ。
だからこそこれは、自分は、人を護るための力でなくてはならない。
突き出す槍は彼の戦意そのものだ。
黒い核金の力を喪い、その出力を大幅に下げたカズキは今、己の意志だけで敵と渡り合っている。
それを支えるのは、胸にあるもう一つの重みだ。
(斗貴子さん)
傷つき眠る愛しい人の姿が脳裏を掠める。
どうかそのまま、しばらく眠っていて欲しいと思う。この戦いが終わるまで。
(帰ってくるよ、必ず)
そして目を覚ましたそのとき、自分は彼女の枕元にいるのだ。おはようと言って、何でもなかったよと笑って言うのだ。
その未来を勝ち取るために、ここにいるのだ。
想いに、力が応えた。
武装錬金の力の源は、生物の闘争本能。
ならばその闘争本能を揺り起こすのは、強い想いに他ならない。
愛槍の柄を強く握る。眼前、波を打って覆いかぶさってくる敵の群れ。それを、
「──サンライトクラッシャー!」
想い一つで、打ち貫いた。
緑の草原は、植木によって作られた樹上の枝葉だ。
そこにも、世界の全てを侵食する黒い影は降り注いでくる。
『──来たれ雷精、風の精!』
その真下に、幼い影が一つ。
『雷を纏いて吹きすさべ南洋の風! ──雷の暴風ッ!』
呪文詠唱。世界に干渉しその在り様を変える、魔術と呼ばれるもの。
幼い少年の言葉に答え、空間に、言葉通りの雷の嵐が顕現する。
稲妻はのたうつ蛇のように落ちてくる者達の動きを奪い、引き千切っていく。まるで巨人が腕を振るったかのような、容赦のない暴力だった。
だがそれを行使する者は、あまりにも幼い。能力的にではなく、その精神が。
大規模な魔術の度重なる全力行使は、戦闘経験の浅い彼にとって初めてのことだった。その戦闘規模といい、倒しても倒しても減らない敵といい、彼の精神をすり減らすには充分だった。
故に、ネギ・スプリングフィールドは油断した。
「──え?」
大きく旋回し雷を逃れた一騎が、真横からぶつかるようにネギへと迫っていた。
疲労状態にあったネギは、一瞬、何が起きているのか分からなかった。
そしてその分からないうちに全ては決した。
真っ二つに切り裂かれる──敵影。
緑の地面を突き破って、ビルほどのある水晶の巨剣が姿を現していたのだ。
「すまん、遅れた」
倒れかけたネギの肩を、大きな手が支えた。
顔を上げると、禿げ上がった頭と、片眼鏡、立派な顎鬚。
「ラスキンさん!」
疲弊していた顔に明るさが戻った。
「知り合いに助力を頼みに行っていたのだがな。全くどいつもこいつも……元から期待していなかったとはいえ、無関心にもほどがある。唯一来てくれたのがアレというのも──」
苦々しげに、遠くの空を睨む老紳士。その先では、さっきからひっきりなしに雷が落ちたり竜巻が巻き起こったりと、せわしないことこの上ない。
吐息と共に視線を戻し、ラスキンは真剣な表情でネギを見た。
「ではもう一踏ん張りだ。どれほどの敵でも、どれほどの絶望でも、我らが戦い続けることで、見えてくる道もあろう」
「はい!」
師とも呼べる人物の傍らにあって、ネギは再び活力を取り戻した。愛用の杖を空に向けて構え、新たな呪文の詠唱に入る。
その姿を頼もしげに見下ろしながら、ラスキンは虚空に呟いた。
「では、行こうか。我が偶神、クスィ・アンバー」
背後に、揺らぎと共に現れ出でる巨影。
突き立ったままの剣を引き抜き、己の武器とする姿は、武装した白磁の女神像だ。四対の腕にそれぞれ形状の異なる剣を携えた、アーノルド・ラスキンの魂の具現。
四剣を居合いの形に腰に構え、無機な瞳で前方の空を睨んだ。
にぃ、とラスキンが笑みを浮かべた。
クスィ・アンバーの左右、大規模な魔力流動を伴って、同じほど巨大な二つの刃金が降り立った。
「──ようやく来たか! 無垢なる刃、デモンベイン!」
応じるように、酷似した二つの鬼械神の双眸に赤熱が宿る。
神の名を冠する三機の守護が、今、この地に降臨する。
「お前触るなよ! 絶対触るなよ! 絶対だぞ!」
「むむむむむむ無茶言うなぁー!!」
ぎゃあー! という叫びも、当然のことながら空へと消えていく。
高度二千メートル、上条当麻が張り付いているのは、零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦の風防の上である。操縦者は平賀才人。──今、その副座に、自分を犬ともサイトと呼ぶ、見慣れた少女の姿はない。
何でこんなことになっているのかという説明は割愛するが、その破格の能力に反し地上を走ることしかできない当麻のピーキーさを慮れば、ある意味、仕方のない措置とも言えた。
当麻の右手に宿る『
幻想殺し
(
イマジンブレイカー
)
』は、あらゆる超常の力を無に返す。……敵味方を問わず。
これはある意味報復措置でもあった。もう何度目になるのか、ある時、うっかり仲間の少女と握手してしまったせいで少女の着ていた服が脱げて(後で知ったことだがあの服も魔力で編まれていたらしい)マジ泣きさせて以来、当麻への風当たりは吹き荒ぶ突風と等しかった。一時期は収まったかに見えたインデックスの噛み付きの頻度も増している。特に自分が他の女性と一緒にいるときが多いのだが、あれは何か、単に自分の邪魔をするのが楽しいだけか。
自覚がないフラグゲッター上条当麻は割と本気で思い悩んだ。
「無茶でも触るなよ! いくらこれが実在の戦闘機と言っても、動かしてるのはオレの力なんだからな! お前が触ったら力が消えて落ちちまうだろ!」
というか実際に落ちかけた。
ゼロ戦は、サイトの持つ『武器であればどんな物でも自由自在に扱える』ガンダールヴの力によって動いている。当然、サイト本人には操縦技能はない。
それを当麻の右手で触られてしまうと、ゼロ戦を満たしている力が消えてしまうのだ。力の源はサイトであるため、ゼロ戦から力が消えるのはほんの一瞬だが、その一瞬が航空戦においては生死を分ける。
だが、敵そのものにも『幻想殺し』は有効だ。触れるだけで消せるとなれば、その有用性は計り知れない。
空中には『島』がある。サイトと当麻は、後続の仲間の道をつけるべく、単身、その『島』へ乗り込もうとしていた。
『島』はジャミングによって情報的な位置特定が不可能となっている。一度でもマーカーを打ち込めば補足が可能となり、転送もできるようになるはずだが、今はそれも叶わない。
それに、とサイトは、出掛けに手渡された奇妙な機械を見る。それはやけに尖ったパーツの目立つ、黄色い枠の鏡のようなもので、しかしあるべき鏡面の代わりに虹色の水面が波打っていた。これを使えば戦局は一変するかもしれないのである、と緑色の髪のド派手な格好をした自称天才科学者は言っていたが、どうなんだろう。
大体、なんで自分はこんな目にあっているのか。サイトは思う。元の世界に戻れたかと思えば、故郷は得体の知れない敵の大群に襲われている真っ最中だった。一体どんな状況なんだ、これは。
「……なぁ」
不意に、風防の上の当麻が喋りかけてきた。先程までの狂騒もどこへやら、ひどく落ち着いた声音だった。
「何だ」
「あいつら全部ブッ飛ばせば、この世界はまたいつも通りになるんだよな」
「ああ」
「インデックスや土御門とアホやってられるフッツーの世界になるんだよな」
「ああ」
「そっちのほうがいいよな、やっぱ」
「当たり前だ」
「……あいつらは、俺達の世界にあっちゃいけないものだよな」
「……ああ」
サイトの答えを得て、よっこらしょ、と風防の上に立ち上がった。
風障壁によってその身を護られた当麻は、風圧の影響を受けない。
そして当麻は叫んだ。
「ならまずは、その
世界の邪魔者
(
げんそう
)
をブチ壊す────!」
黒雲の中に、戦闘機は突っ込んでいく。
宿るのは、未来を望む意志だけだ。
戦う力はないはずだった。
あの時から、自分はもう、戦う術を喪ったはずだった。
それで良かったはずなのだ。別れは辛かったけど世界は平和になって、ずっと別れていた母がいて、フツーの生活が戻ってきた。──はずだった。
なのに今、世界にはまた闇が満ちている。
あの怖ろしくも哀しい白面の者よりも、無機質で、無慈悲で、無邪気な、『悪意』が。
それを祓うための力を、欲した。
皆を護るために戦いたいと。
──そして、それは叶えられた。
理由は知らない。そしてどうでもいい。ただ嬉しい。嬉しい。涙が出るくらい、嬉しくてたまらない。
手に握るものには、結構長く間を空けたのに、しっくり馴染んだ感触があり。
「行くぜとらぁア!!」
「おォよ!!」
隣には、常に共に駆け抜けた、雷の姿があった。
戦うのは、平和を望む者達だ。
迷い、傷つき、葛藤し、それでも愛する人々を護るために、戦い続ける戦士達。
それは、ここにもいる。
崩れ果てた瓦礫の山の真ん中で、本来決して揃うことのない戦士達が。
遠くから戦の足音が近づいてくる。四足獣のような敵の群れが、全てを押しつぶす怒涛となってこちらへと疾走してくる。
だが、脅威の二文字から、彼らは決して退かない。
先頭に立つ一人が、一歩、前に踏み出した。
そのポケットから一枚の紙切れが零れ落ち、風に流され運ばれていった。
『夢を追う男・2000の技を持つ男 五代雄介』
紙切れにはそう書かれていた。
五代は腰に手を当て、
「────────変身」
空の遥かな高みに、少女はいた。
地上では、陽光の槍を先陣に、深緑の森が黒の軍勢を押し返し、その上では雷と剣が乱舞する。
人が創りし二柱の鋼神は、一体の動きとなって黒い波を打ち払う。
空を飛ぶ戦闘機は曲芸飛行を繰り返して、ついさっき、黒雲の中に突っ込んでいった。通信回復の報はアースラよりもたらされたのはその五分後だった。
それ以外の場所でも続く戦闘は、決して自分の大切な人がいる場所へは、何者をも近づけさせないでいる。
それを素直に嬉しい、と少女は思った。
少女は今、成層圏にいる。
足から光の翼を生やし、金色に赤玉を埋め込んだ『魔法使いの杖』を手に、空に浮かんでいる。
遥か地上に馳せていた意識を、高度二万五千メートルにまで引き戻す。
見渡せば敵しかいない。
大気圏内にのみ広がっていたと思われた敵は、少女の上昇に合わせて、その雲霞の如き物量を、対流圏より上にまで伸ばした。
今や敵は、厚み五千メートルの壁で少女を取り囲み、その逃げ場を奪っている。空いているのは上と下だけで、その下も、雲の位置にはまた黒いものが広がっている。
見上げれば、瞬く星が見える。既に日は沈み、ここは夜に包まれた。
「……狙わないでいいっていうのは、ちょっと楽かな」
その星の光のもと、少女は魔杖を差し出した。
『〈Starlight Breaker〉』
機械音声が殲滅の意を告げる。
その声に敵が反応した。黒雲は蠢き、次第にその形を変えていく。
それは巨大な鯨だった。大海にて泳ぎ、ただの一口で無数のオキアミを食い尽くす海の王者だ。
その威容の前にあって、少女はたった一匹の微生物にも等しい。
だがその意志は、この世の誰にも負けはしない。
「
地上
(
した
)
では、お父さんやお母さんが待ってるんだ。フェイトちゃんもはやてちゃんも、皆戦ってるんだ」
だから、
「私も、すぐに戻らないとね」
少女は笑った。来るべき絶望を前にして、その全てを笑い飛ばした。
息を吸い、己の意志を宣言する。
「高町なのはと、レイジングハートエクセリオン! 行きます!」
カートリッジリロード、リロード、リロード、リロード。連続する振動が手に心地よい。
魔方陣展開。リンカーコアとレイジングハートをダイレクトリンク。照準、なし。リミット、カット。砲撃方向、『全方位』。
「……スターライト」
集う星光はいよいよその輝きを増し、今にもはち切れんばかりに脈動している。
それに、なのははレイジングハートを叩きつけた。
「ブレイカァァァァアアアアアア────────────ッ!!!」
閃光が、世界を焼く。
太陽の堕ちた世界に、もう一つ恒星を生むかの如く。
「それは、正義の代償さ」
「冷めていくはずの宇宙を覆し、果たされるべき定理を破られたことの揺り返し」
「エントロピーの支配、理に適った展開=v
「
ハッピーエンドの辻褄合わせ
(
・・・・・・・・・・・・・
)
」
「だから、最後には、全てが」
──おじゃんなのさ。
そう、ワルプルギスの魔女と、這い寄る混沌は、笑って答えた。
魔女はぷかりと、煙草の煙で輪をひとつ。
「……ま。
もしそれを覆せるよーなモンがあったら、それをこそ正義の味方と呼ぶんじゃないかねー」
出演作品:
Fate/stay night
うえきの法則
武装錬金
魔法先生ネギま!
宵闇眩燈草紙
機神飛翔デモンベイン
ゼロの使い魔
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