「時々怖くなるわ」
「どうして?」
「幸せすぎて」








電気羊の夢









 希望と現実は噛み合わない。
 それは今自分が置かれている状況からも明白だ、とマリアは思う。
 全てを終えて、銀河連邦が壊滅的して大した意味も為さなくなった反連邦組織クォークを解散し、その他諸々のことは全部クリフとミラージュに押し付けてやった。後は残務処理を終えたらどこか静かなところで暮らす予定だ。
 だが、その残務が中々減らない。
 当然だ。クォークはそこまで表立って敵対していたわけではないとはいえ、それでも連邦の体制に賛同できない人間が集まった集団である。敵愾心によって結束していたのに、向ける対象がなくなったのだ。集団とは力であり、力は決まったベクトルを持つからこそ──その向きが正であれ負であれ──威力を発揮する。その矢印を喪った今、クォークという集団は次にどこに矢印を向けるか分からない力の塊になってしまっている。例え力自体にそのつもりがなくても、だ。
 他星系はここぞとばかりに口出しするようになってきた。その辺りの調停はクリフ達に任せているが、だからといって元クォークのリーダーであった自分が何もしない訳にもいかない。マリアはそれだけの影響力を持っていたし、彼女自身投げ出すつもりもなかったからだ。
 そも、クォークは銀河連邦に成り代わって支配体制を敷く為にあるのではないのだ。
 連邦からの独立を求める種族や自治体の手助けをする団体であって、テロリスト的な集団ではない──と主張しても、まともに取り合ってくれるところは少ない。
 クォークは規模としては大きいわけではなかったが、それでも星間関係に詳しい者なら誰でも名を知っている程度には有名だったし、エクスキューショナーと呼ばれる存在達の駆逐に一枚も二枚も噛んでいたとなれば無視することもできない。
 クォークの解散は対象がなくなった故のものでもあったが、副次的には、そうした諍いから逃れるためのものと言っても良かった。それでも何かと文句をつけたり、或いは引き込もうとしてくるお陰で、マリアの労は一向に減らないのであるが。
 まぁそれも仕方ないか、とも思う。何しろ、公にこそ出来ないもののこちとら世界を救った身である。それなりの責任は負うべきだ。
 今も昔も変わらないヒーローの物語では、こうした事後処理のことが全て省かれているが、現実はこんなものだ。仲間と共に命を賭けて戦い、魔王を倒して王国に凱旋した勇者に待っているのは、民衆の祝福と、それに倍する大臣達のおべっかなのだ。面倒なことこの上なかろう。
 自分達に待っていたのは祝福でも世辞でもなく(そういうことをする人間もそもそも大半が消し飛んだ)、他星系との小競り合いだ。だがこの方が性に合っている、とも思う。要らぬ世辞に作り笑いを浮かべ続けるよりはずっと充実している。
 何より、隣に愛する人間がいてくれれば大抵のことは苦にならないものだ。別に夢見がちな少女の言葉ではない。そんな乙女回路は宇宙の彼方に置き去りにしてきた。だが少女でなくとも、そこに自分と一緒に居てくれる人間がいるというだけで、心は安らぐ。
 それは彼も思っていたことなのだろうか。マリアの言葉に、フェイトは苦笑で返した。

「マリアらしくないな。幸せ過ぎて怖い、なんて、そんなこと言うのはどっちかっていうとソフィアのほうだろ」

 ソフィア、という響きに、胸の奥に刺さった棘がちくりと揺れた。だがそれを表に出さないようにして、マリアは答える。

「そうね。こんな台詞はあの子のほうに似合ってるんでしょうね。……けど別に私はそんな年相応の少女の言葉を口にしたわけじゃないのよ」

 ?とフェイトが首を傾げる。失礼だ、と思う。これだけ一緒にいるのに、この男には自分が乙女回路の持ち主のように見えるのか。

「……フェイト、あなた、自分の幸福が他人に作られたものだと思ったことはない?」
「────、それは」

 それは、つい数ヶ月前までの自分達──否、この宇宙だった。
 自分達が刻み、積み重ね、生きてきたこの世界が、実はエターナルスフィアというゲームの世界だったとマリア達は知っている。最初に気づいたのはフェイトの・・・・・父、ロキシ・ラインゴッド。彼はこの世界を運営する何者かに気づき、それをFD人──四次元Four dimension人と呼んだ。だがその呼称は誤りだ。──何のことはない、彼らこそが三次元に住む者で、自分達こそが、線と点で構成される二次元の住人だったのだから。
 低次元から高次元は原則として観測できない。
 だがロキシ・ラインゴッドはそれを垣間見てしまい、齎される滅びを知り、それに歯向かった。その為に作られたのが、フェイトであり、マリアであり、ソフィアだった。そして三人は、仲間と共に責務を果たした。身勝手に押し付けられた責務を。
 だがマリアは、ロキシのその願望に従ったわけではない。それが世界を救おう、という気概から生まれた行為だったとしても、彼が自分達を贄としたことに変わりはないのだ。彼が幾らそれを悔いようと、そして死んでしまった今でも、赦すことは、できない。
 ただ自分達が消されるのが我慢ならなくなっただけだ。そして考えを同じくする者と戦った。──戦って、勝った。
 勝ちはしたが、この世界ゲーム創造主クリエイターは、生憎諦めが悪かった。ルシファーは最後に、データとして存在していたこの世界の全てを消した。
 ……けれど、自分達は今ここにこうして存在している。
 マリアは、あの時自分で言った。ルシファーはこの世界を消したつもりでも、この世界はこの世界として確固として存在していたと。
 だが本当にそうだろうか、と、後になってマリアは思った。
 つまりこの世界は、また誰かによって管理されているゲームの世界か、────それとも、

「私は思うの。今ここにこうしてある世界は、ルシファーによって『消される』瞬間、滅びを拒否した私の脳が見せている胡蝶の夢なんじゃないか、って」

 浮かぶ笑みは自嘲だ。自分で自分の考えを馬鹿馬鹿しいと嘲っているのではない。馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすことの出来ない自分を、嘲っているのだ。

「フェイト、今私の側に立っていてくれているあなたも含めて」
「そんなことない」

 彼は否定する。

「だって、夢っていうのは都合のいいものだろ? だったら、僕達がこうして事後処理に追われることもないし、クリフやミラージュさんが調停している小競り合いすら起こってないはずだ。だから──」
だからよ・・・・

 言葉を途中で遮った。

「あなたの言うとおり夢は都合のいいものよ。だから、妙に都合がいいとああこれは夢だな、って自分でも分かってしまう。そういうことってあるでしょう? ──逆を言えば。とても現実じみていて、それでいて全てが都合良く運ぶというわけじゃなかったら、それを夢と自覚することは難しいわ」
「でも、夢はいつか覚める」
「覚めるわ。でも、いつか、よね。それがいつかは分からない。それに、夢の中では外の時間の流れなんて関係ない。それらは全て自分の脳髄の中でだけ起こる現象だもの。だから私は思うの。これは、私の脳が私の自我に見せている、現実逃避の覚めない夢なんじゃないかって」

 自分の世界が夢なのではないか、というのは、空想好きな人間、或いは現実逃避気味な人間なら誰でも一度は思うことだろう。けれど思うだけで、それが事実であると信じるまでには至らない。
 だが、マリアは一度目にしているのだ。知っているのだ。自分達の世界が、真実夢想体験ゆめであったことを。
 故に彼女は、自分のこの考えを笑えない。

「──だから私は怖いのよ。あなたがこうしてここに居てくれることが、私の身勝手な夢の産物なんじゃないか、って」

 そう口にしながら思い出すのはソフィアの顔だ。彼女は今どうしているだろうか。自分に、側で支えてくれる人を奪われた彼女は。
 傍目にも、ソフィアがフェイトに好意を抱いていることは明らかだった。それは依存と言い換えても良かったが、それでも、彼女の向ける想いは確かに純粋だった。
 自分はどうだったろうか。最初フェイトに向けていたのは、自分と同じ存在だということに対する興味と、──自分が喪ったものをまだ持っていることに対する憎悪だった。
 それは羨望であり、嫉妬である。もうないものを持っていて、知っているべきことを知っていない彼が酷く羨ましく、憎たらしかった。
 だが出会い、旅を続けるうちに、成長していく彼に惹かれていった自分がいた。
 そして彼は自分を選んだ。長く一緒にいた彼女ではなく。それは嬉しかったが、後ろめたくもあった。マリアと一緒に行く、とフェイトが告げた時に見せたソフィアの弱々しい笑みをマリアは忘れられない。いっそ嫉妬してくれれば良かったのにと思う。そうしてくれたほうがいっそ楽なのに、生憎と、彼女はそういった感情とは無縁の存在だった。──だからこそ痛い。自分の醜さが際立つようで。
 そして、口にしなかったとはいえ憎んでさえいた自分を彼が選んだことが、未だに信じられない。
 だから思うのだ。これは夢だと。彼に恋する自分が見た、身勝手な夢想体験ヴァーチャルリアリティ
 そして夢ならば、この夢が覚めることが、とても怖い。幸せな夢ならずっと見たいと思うのが人間だから。

「──だから、怖いわ」

 言うだけ言うと静かになった。お互い何も言い出さない。
 そんな時間がどれだけ流れてだろうか。

「──、例え」

 不意に、フェイトが口を開く。

「例えそうであっても、僕はマリアのことが好きなんだ。だから、そんなこと考えなくていい」
「……似合わない言葉ね。それすらも、私が言わせてるのかもしれないわよ?」
「同じこと言わせないでくれよ」

 憮然とした口調。実際、振り返って見た彼の顔はいささか不機嫌そうだった。

「怒ってる?」

 答えはない。怒っているのだろう。彼の子供じみた仕草に苦笑を浮かべつつ、マリアは椅子から腰を上げ、彼の正面に立った。

「どう言ったら赦してもらえるかしら」
「僕は君の見ている夢なんだろ?」
「──いじわるね」

 微かに笑んで、マリアはフェイトの胸に顔を埋めるようにして身を寄せた。抱きついたりはしない。額を彼の胸に当て、その鼓動を感じる。伝わる振動と熱は、果たして本物だろうか。

「……ごめんなさいね」
「いいよ、もう」

 頭上で息を吐く気配。肩と腰に触れてくる熱を感じる。フェイトの手がマリアを引き寄せるように優しく抱く。
 胸に顔を埋めても、こんなに近くで暖かさを感じても、まだ不安は消えない。
 ただ、思う。
 これが夢であるならば、いつか覚める夢であるならば、その時は。
 せめてまた、こうして彼の鼓動を聞きながら覚めて欲しいと。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 了
 
 
 
 
 
 
 











言い訳

 私見ですがパーティメンバーの中で一番後ろ向きなのはマリアなんじゃないかと思います。や、悪い意味でなく。フェイトやソフィアは前向きだし、クリフは気にしなさそうだし。スフレは兎も角ロジャーは論外(酷 その他はそれなりに考えてそうですけど、一番思い悩むのはマリアなんじゃないかと。
 主題は「持つ者の不幸」でしょうか。不幸な人間は不幸であることを厭うけど、幸せな人間は幸せでなくなることを怖れます。逆に言えば、喪うことに恐怖を抱くというのは、少なからずその人が満たされているということでもあるわけで。
 それでも持っていないということよりは良いのではないかと思います。捨てるという選択肢を取れる以上は。

 



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