フェンサー/アンサー












「私はまだ、剣を振るう意味を見出せておりませぬ」








『指定ポイントに到達しました。高度維持』
「降下致す」
『了解。ハッチ、開きます』
 がきん、と金属の歯車が噛み合う音がして、直後隙間から冷たい風が溢れ出した。
 四角く、前方の黒い闇が蒼い闇に開いていく。針のような冷気はやがて包み込む広さになり、全身を舐め回す。長い黒髪が風に躍った。
 午前三時十七分、東京郊外上空、高度6500メートル。縁に立てば、遥か下の地上には蛍烏賊が群れるような小さな光点が溢れているのが見えた。
 その一つ一つが人の住む証だ。
 左を見る。広大無辺な夜があり、その中にぽつんと、赤い光があった。自分の乗っているものと同じ輸送機の光。
 そこに彼がいる。彼が待っている。彼も待っている。
『五秒前です。──御武運を』
 声だけしか聞こえないパイロットに頷き一つを返し、少女は空へと飛び立った。








 馬鹿がいた。
 というよりは、馬鹿共がいた。
 世界は広いが、広いと言えど有限で、その中でもとびっきりの馬鹿共がいたのだ。
 自ら修羅たろうとした者達である。
 彼らは「剣」を極めようとしたのだ。それが彼らの最初で最後の目的であり、しかし、極めるということが何を指すのかは見えぬままにそれを行おうとした。
 彼らの何が馬鹿かと言えば、その先に何も求めていなかったことだ。
 極めた果てに何があるのか──ということを考えていない。極地に至った先がない。
 極めるのは良い。だが、その極めた何かを何にも用いず、ただ一族郎党営々と終着点を目指すだけの旅は──虚しいだけではないのか。
 否、或いはそれこそが、求め続けることの本質であるのかもしれない。
 世の中には、様々な「目的」がある。人は何かしらの目的のために行動する。目的は到達した時点で消滅するが、大抵の人間はまた別の目的を見つけ出し、そこを目指して歩み始める。
 だがその目的というものの中には、人が一生涯かけても達成できぬような、巨大で深遠なものがある。そしてそれを追い求める者も、またいる。
「つまり、それが俺達だと言うことだ」
 と彼は言った。
「不幸と言えば、不幸だ。人は生まれを選べぬとは言え、その中でもとびっきりの外れ籤を、俺達は引いてしまったわけでな──しかもそれが望まれていた、というのが余計癪に障るというか」
「それも詮無きことでありましょう。望まれただけましと思うほかありませぬ」
「俺は望まれなくてもいいと思ったぞ」
 吃驚して、少女は隣に座る彼を振り返った。
「ああ、いや。別にな、役立たずに生まれたかったわけではない。俺は俺の思い通りに動くこの身体を好いている。しかしだ、それでもこんな盲人共の巣に生まれるよりかは、望まれない子供であってもちゃんと自分で生きられるというか、子として親を殺せるような・・・・・・・・・・・・、そんな家に生まれたかった、とな」
「それは──」
 少女は何と言っていいのか分からなかった。
 彼はそんな少女を見て、おう、と笑った。
「いや、額面通りに捉えるな。要するにだな、歯向かう気骨がそれほど無くても歯向かえる、そんなのが良かったということだな。俺達は違うだろう。自分というものが自分の中に生まれた頃には、そう、一族の匂いが染み付いてしまっていただろう? 親に逆らう以前に、そういうものが当たり前に存在していたからな。無理なのだ」
「それは私も皆も同じでありましょう。私達の親も、その上も、恐らくは最初の一人から──ずっと」
「故に取れんのだ、この匂いは」
 彼は伸ばした膝の裏に差し込んでいた手の平を中空へと抜き取った。ぱらりと草葉が舞う。抜き様に千切られた緑が風に舞い、どこかへ飛んでいってしまった。
「例えば今の草のようには──なりたくない」
 長い睫毛で視界を覆うように眼を細め、彼は言う。
「飛ばされっぱなしというのも、また御免でな。ああいや、というよりは今の草こそが俺達か? どうしようもない風に飛ばされながら、考えてばかりいる、という。葦にすら為れぬ」
「私達の足は地についております」
「地面ごと飛ばされている」
 彼は言う。
「ふん、まぁ、難儀なことだと自分でも思うのだ。何故ならば、俺はこんなにも嫌だ嫌だと思っているのに──家の老人達なんぞ最早一太刀にて腑分けも活け造りも出来るのに──それをしない。血の繋がった者を殺すのを躊躇しているのではない。殺せない・・・・のだ。それが分かっていても。そんなことをするくらいならもっとすることがあるだろう──と、声が聞こえる。恐らく老人達も同じように言うぞ。あと五十年も経てば俺達とて同じことを言うかもしれない」
 少女は彼から眼を背けた。視線は、未だしっかりと大地に喰らいつく草を見た。
「私は──言いませぬ」
「どうかな」
 彼は笑った。やや憤慨したように、少女は言葉を重ねる。
「言いませぬ。私とて家は嫌いです。出来ることなら私の代でこんな馬鹿げたことはやめさせたいと思っております。それは、──兄様とて、同じでありましょう」
「そう、同じだ。そしてそれもどうかな、だ」
 少女の兄は空を見上げた。
「老人達もな、昔同じことを言っていたそうだ。同じように言い、同じように動き、そして同じように枯れていった」
「……訊いた、のですか」
「訊いたぞ。一族のあり方そのものに疑問を抱くのは、何も俺達だけではないということだな。虎也とらや兵太ひょうたも、きっと同じことを思っているぞ。桔梗や双印そういんも。そして葦草のところの、何と言ったかな、俺達より三つ上の──」
岳山がくさん、でありましょうか。最近お亡くなりになられた」
「そうそうそれだ。あれも多分同じことを思っていたぞ。だからわざわざ危ない橋を渡っていたかもな。……羨ましい話だ。あれは葦に為れたのやもしれぬ」
「──兄様」
 ふむん、と兄は鼻を鳴らす。
「ならばこそ、俺達はおかしいんだろうな。どいつもこいつも自分達を間違ってると分かっていて、それをどうにか出来るだけの力を持ちながら、それをしない。怠惰と言えばそうなのだろう。嫌だ嫌だと思っているのに……自分からは何もしない。それ以外にすることと言えば、それこそ極地を目指すためのことしかない。目的のために目的する・・・・・・・・・・、というな。俺は、いや、俺達はそんな俺達が嫌だが、結局それでも何かをしようとは思えんのだ。本当は、どうにかしたいのにな」
 堂々巡りだと彼は笑った。
「兄様は──五十六いそろく兄様は、どうしたいのでありますか」
 不安に駆られ少女は訊いた。この少年もまた、死のうとしているのではないか、と。一人逃れた葦草岳山のように。
「そんなことはないから安心すればいい」
 見透かされた。顔に出ていたかと己を恥じつつ、少女は続ける。
「安心など、出来ませぬ。兄様が自らの死を望んでいるわけはないのは、良いです。でもそれ以外に何かを求めているのでありましょう? でなくば、私達はこのようなところにはおりませぬ」
 そこは草原であった。
 家から遠く離れた、山の裏側。なだらかな傾斜を描くそこに二人は並んで座っている。
「それが分からぬから──不安なのです」
「俺か。俺はな」
 すっくと五十六は立ち上がった。風が吹き抜け、彼の右手が閃いた。
 ずんばらりん──と、彼の周囲に生えていた短い草が、更にその背を一寸ほど縮めた。
「俺はな、とりあえず全部殺してみようかと思っている」
 空は蒼く、雲は白く。
 それすらも断ち切るように、ひょう、と剣が振るわれ。
 ──それが、少女の首元に突きつけられた。
 兄は己の妹を見ていない。少女は兄を見上げたまま、微動だにしなかった。
「それが兄様が剣を振るわれる理由であるならば、それも──よろしいかと」
 ただ、そう言う。
 そのまま二人は動かない。
 やがて日が傾き、空は紅く染まり行く。
 日が完全に落ちた時、ようやく彼は切っ先を少女から逸らした。
八里はちり、お前はどうしたい」
 そして問う。
 少女は、答えた。
「私はまだ、剣を振るう意味を見出せておりませぬ」
 そこで彼は、ようやく少女を振り返り、そして笑った。
「それも良し。だが、出来れば見つけないうちに死んでくれるな」
 ぱちん、と刀が鞘に収められる。
「そうさな、今すぐにでも斬ってもいいが、しかしそれも面白くないな。どうせいつか斬るんだ。それは、自分というものの果てに辿り着いてからでも、きっと遅くはないのだ。──ああ、なら、そうだな」
 気が変わった、と言って、彼は笑った。
「今は、お前と斬り合いたい」








 それより一年の後、二人はこうして合い見えた。
 兄妹としてではなく、戦う相手として、だ。
「見つけたか! 意味を!」
 真っ逆さまに叩きつける大気に一欠片たりと削られることなく、朗々とした声が響いた。
「まだ見えておりませぬ!」
「ならばそれも良し! 代わりにとくと見せてみよ! 意志無き剣を振るうお前が、どれほど俺を斬れるものかを!」
「委細──承知!」
 身を捻る。ぎゃりっ、と三半規管が捻れ狂い、気付いた時には頭を天に足を地に、二人は空に立っていた。立ったまま落ちていた。
 空中にて直立を為した二人は、風の龍を足場とするように安定を得、そして己が刃に手をかけた。
「いざ、」
「参る!」
 滑落する銀の影が、軌道を交えた。
 か、き。
 ぎぃっ!
 交差する初太刀は互いの鎬を削るに終わる。反動で遠ざかりそうになる間合いを気合と荷重移動で押し留め、そしてまた交差する。
「けかぁぁぁッ!!」
 怪鳥の哭き声を足掛けに銀の線が引かれる。線は五十六の身体を袈裟懸けに流れるが、しかし皮一枚も斬り裂けない。彼は腕を羽ばたかせ八里から距離を取り、次いで重心を前に倒して切っ先を突き込んだ。
 刀を立てそれを受ける。ぐぅん、と五十六の腕が伸び八里を押した。切っ先が刀の腹から離れ、遠ざかる。
 短い間、半秒にも満たぬ間に二人の距離は大きく開く。空気は踏むことは出来るが足場にはならず、謂わばここは全方向に流れる矛盾した濁流。僅かな挙動が大きな流れになって身体を押し流す。
 次の激突は剣ではなく、脚で行われた。お互いの右脛が打ち合い、そして──離れない。
 二人は爪先を立て鉤のようにし相手の身体を固定した。足場はないと謂えども、間合いを開けることすらままならぬ。
 残るは、斬り合いのみ。
 きかかっ、と二人の間で音がする。火花は咲く前に上空へと消えた。
 受け止める地がない以上、衝撃は全て己の内に還る。僅かに弾かれた剣を五十六は右手の捻りによって新たな軌道を作った。蜻蛉が翻るように上がって落ちる剣閃は、しかし立てた八里の剣を流れて落ちた。剣を振り下ろし終え、五十六の空いた右肩を突こうとするが、しかし相手はそれより早く足を解き八里を蹴り飛ばしていた。
 距離が離れる。ちぃと舌打ち身体を倒して姿勢維持。──した瞬間には目の前に、刀を腰溜めに抱え突貫する兄の姿。
 どぅ。強かに彼の肩が腹を打つ。刃は咄嗟に開けた脇に吸い込まれ、間髪入れずそれを挟み込んで腕を極める。刀を落とさせれば最早、剣士としての勝負で自分が負けることはない。相手は剣士ではなくなるのだから。
 しかしそう易々終わるようでは、そも、二人はここにはいないのだ。五十六は自ら刀を放し、力の抜けた腕をするりと抜き取った。
 おおとりが羽を広げるが如く内から外へと弾かれた五十六の腕は、今一度八里の身体を遠ざける。
 五十六は身体を傾け空気抵抗とその流れを調整し、ゆっくりと落ち行く刀を受け取るため身体ごと向かっていく。
 その間に八里が割り込む。
 斬光三閃──されど届かじ。ひらりと木の葉のように五十六は舞い上がったかと思えば、全身を槍と為し爪先を穂先とし、落ちた。彼と刀と八里が、重力の中で直線になった瞬間の出来事である。
 果たして五十六の手には再び愛刀が納まり、ぴんと伸ばした穂先は思わず彼を振り向いてしまった八里の腹を、超重を以てずどんと貫いた。
 空気抵抗と肉の槍に挟まれ全身が戦慄いた。痛みにではない。薄れ行く意識に、自分が今この場所でここにいなくなることへの恐怖から。
「どうだ! 何か見えたか八里!」
 上空に置き去りにされるはずの声は、けれど鋭く大気を切り裂き少女に届いた。
 ──その声が哄笑を含むのは何故に。楽しさに満ちているのは何故に。夜気の寝台に磔にされたまま落ちていく八里は、自分の中に埋没していった。
 何故に。
 何故に。
 何故に。
 自分は剣を握るのか。
 それが自然であったからだ。自覚の下、怠惰しながら狂人する。そんな馬鹿げた家に生まれたのが運の尽き。いやそもそも、尽きるも何も自分の運命なんぞ端っから決まっていて、つまり運などこの世で最も縁遠いものでしかない。
 その中で生きてきたのが、自分だ。自分自身怠惰な狂人であり、鍵のない牢獄から抜け出そうともしない、甘えに満ちた囚人なのだ。
 流されるまま生きてきた──そう言われれば、是である。
 嫌々ながらに生きてきた──そう言われても、是である。
 言われても、言われても……自分から一言たりとも言い出すことはなく。
 自分というものを定義していないのが自分だ。
 空っぽなのだ。八里は思う。ならば私は一族の権化そのものか。違う、自分はそれが嫌いなのだ。それすらも嫌いだから、空っぽなのだ。兄様は楽しそうだ。それは一族のものではない、自分で考えたなり思いついたなり、目的があるからだろう。全部を殺すにせよ、自分を殺すにせよ。葦草岳山もそうだ。彼には彼なりの考えがあって危ない橋を渡り、その果てに死んでしまったのだろう。だから羨ましい、と五十六は言ったのだ。
 そういったものが八里にはない。だからあの時、剣を喉元に突きつけられても何も言わなかった。いつか終わるなら今終わっても同じではないかと──そう思ってしまったのではないか?
 そう言われれば、と。また是と答えるだろう。
 自分では何も分からない。
 家は嫌いだ。馬鹿げた極地などというものにも興味はない。
 だが、どうしていいのかてんで分からない。
 だから──意味を見出せなかった。何をしたいか、などということもなく、言われるがままに剣を振るっていた。それしか出来なかった。
 そんな自分が最後の二人の片方として生きているというのだからちゃんちゃらおかしい話ではある。
 目的があって戦ってきた五十六と。
 目的がないまま生き残っている八里。
 だが──

 眼を、開いた。
 全身の感覚がない中で、ただ空から遠ざかっていることだけは分かる。
 自分の上には兄がいて、その上には──星空がある。
 素直に、それを綺麗だと思った。

 だが──さっき、自分は恐怖したはずだ。
 自分がここからいなくなることを。
 一年前にはなかった恐怖を抱いたはずだ。
 人を斬り、鬼を斬り、時としては血の繋がった一族の誰かを斬った。
 死んだのもいれば生きているのもいる。ずっとそうした中で生きてきて、自分も時々死にそうになりながら、しかし、そう思ったことは一度もなかったはずだ。
 それでは、さっきの恐怖はなんだったのだろう。
 違うことなど一つしかない。相手が──五十六だということだけだ。
『お前と斬り合いたい』。
 そう彼が言った時、八里は、正直嫌だった。
 斬り合えば必ず自分が斬られると思ったからだ。だがそこに発生すべきは死への恐怖だから、それは自分の抱くものとして間違っている。そんなものないのだから。
 相手が五十六だったから──それだけ。そんなことはしたくないと、多分、思った。
 そうだ。
 私はきっと──彼にだけは、死んで欲しくない。
 殺されたくもない。
 それも、多分だ。
 今まで何も分かってなかったのだから、いきなり確かな答えなど得られはしない。
 しかし、それしかないなら、そう思い込む価値はあるだろう。
 少なくとも、彼を斬ってしまうまでは、或いは彼に斬られてしまうまでは、遅いということなどないのだから。
 ──では今一度問おう。

 首筋に切っ先が当てられた。
 気付けば自分は朱に染まった草原にいる。五十六は自分を見ておらず、自分は五十六を見上げていた。
 八里は、
 その切っ先を、払いのけた。

 かっと両の目を見開いた。
「でぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいるぁぁぁぁぁぁあああああああッッッ!!!」
 刀を放り投げ腹に食い込む足首をがっしと掴んだ。全身を無理矢理捻り五十六の身体を真下に放り投げた。
 大気が身体を押し上げる。見ずに伸ばした手の中にすっぽりと刀が納まる。
 上下が入れ替わり、八里は真っ直ぐに刀を伸ばして──流れ星のように、真っ逆さまに落ちていった。
 五十六も落ちる。音さえ置き去りにした世界で二人は並んだ。
 剣を交わす。躱す。交わす。躱す。衝突。離れてはまた寄せて打ち合う。
 剣戟は苛烈でありながら、それはさざなみのように静かで美しく。
 そして、がぅいん、と一つ打ち合い、離れた。
 大地が──すぐそこにあった。
 
 轟。
 音。
 
 アスファルトが捲れ上がり、街路樹が吹き飛んだ。オフィス街のビルの低い位置にあった窓が罅割れる。
 ぐぅっ、と風が沈み込み──逆巻く。
 粉塵を引き摺って現れた二つの影が、絡み合ったまま撥ねるように跳び上がった。
 がっ、がっ、がっ、がっ。硬質のものがぶつかり合う音が連続する。
 ビルの壁面を駆け上がりながら五十六と八里は逢瀬と別離を繰り返す。
「くぅぁっ!」
「じゃっ!」
 切っ先が互いの頬を掠め、二人の間が百間にまで開く。
 ビルの壁が途切れていた。空には星が満ちている。
「っはは! 見えたか八里!」
「見え申した……!」
 業、と風同士がぶつかり合う音。
 風は絡み合いながら、街から遠ざかっていく。
 森が見えた。切り崩され地肌が露出した山の上で、剣戟の音が響く。
「何を見た、何が見えた、何を見出した!」
「兄様を、見ました!」
 ほぅ、と五十六が笑った。獰猛に笑った。
 喜びである。相手が同じ場所へ立ったことへの。
「それもまた良し……! では続けよう、斬るか斬られるか──終わりが来るまで!」
「私は──」
 八里は今にも泣きそうな顔をしていた。
 がいん、と剣を弾く。
「兄様を斬りたくなどない……!」
ならば斬れ・・・・・!」
「な、」
 に──という音は剣風に吸い込まれて消えた。
 蹴り。左腕が折れる音。吹っ飛ばされて無様に地面を転がった。
「何故、そのような」
「見えたのだろう。戦いの中で。俺を斬りたくないと! ──ならば斬れ! でなくばその向こうに最早見えるものはないぞ。でなくば俺が──お前を殺すぞ!」
 ぞぅ、と寒気が背筋を這い上がった。向けられた剣の切っ先は間違いなく自分を殺すと予感した。予測した。確信した。
 恐怖がこの身を支配した。──終ぞ感じなかった、死への恐怖が。
 殺したくない、よりも。
 死にたくない、よりも。
 殺されたくない・・・・・・・、と。
「応ぉぉぉぉぅ────────────────ッッ!!」
 ざざざざざん、と風の悉くを断ち切って五十六が地を蹴った。
 恐怖。波が沖へ引いていくように血の気が失せ──そして、それは怒涛となって背を押した。
 血を吐くが如く、獣が叫ぶ。
「けぃぃぃぃぃ────────────────ッッ!!」
 剣士が、交差し。

「………………………………────────             見事。」

 ぱっと、血の花が舞った。
 どしゃりと、胸を斜めに裂かれた五十六の身体が倒れる。
 遅れて、ばさりと八里の長かった髪が落ちた。
 静寂が満ちた。
「…………ありがとう、ございました」
 一度だけ目尻を拭い、八里は刀を納めた。








「して、至ったか、八里」
 暗い屋敷だった。
 部屋には枯れた老人達が整然と並び、座っていた。八里の正面に三人おり、左右にはそれぞれ五十にも届こうかという人数が、背筋を伸ばし、待っていた。
「いいえ」
 そう、八里は答えた。髪は肩で切り揃えられている。
「ですが──答えは見つけました」
「そうか」
 老人達が、笑んだ。
 水分の抜け落ちた、枯れた巨木のようだった顔に、菩薩のような笑みが満ちた。
 その笑みの名を安堵と言う。
「待っておったぞ──」
 そう呟き。
 ずんばらりん──と、老人達の首が全て落ちた。









 ……待っていたのは、答えか、終わりか。
 恐らくはその両方。答えこそが終わりであり、終わりこそが答えであり。
 答えの内容を訊くこともなく、終わりを迎えた。
 何でも良かったのだ──と八里は思う。
 最初から明確な答えも何もなく、目指していた場所も見えないまま歩んでいた。
 だからただ、終わったのだと──答えを見つけたと、何でもいいからそう答えてくれる人間が、いてくれれば良かったのだ。きっと。
 だからあの時斬った老人達は、皆一様に幸せそうだった。
 一族、などというものは最早ない。かつて仲間であった者達も、それぞれが自分の道を歩もうとするだろう。見つけられるかどうかとは、また別の話だが。
 そういうものだ、と八里は思う。世界はこんな馬鹿共の受け皿も作ってくれたくらいに、それはそれは残酷なのだから。
 どんなものであれ、行く末はある。風にも草葉にも。
 八里は草原に立っている。
 多分ここが自分の始点で終点だ。
 空を見上げていると、背中から風が吹き。

 ──千切れた草が、頬をすり抜けていった。

 ばっ、と勢い良く振り返り、そして、八里は笑んだ。
「ああ──」
 心からの──それがどんな感情であるのかは分からないが、しかし確かに心からの息を吐き、八里は剣の柄に手をかけた。









「いざ、」
「参る」













 了




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