「……そういえば、結局柊にあの女性のこと訊いてなかったな」
 二車線道路を走る車内で、ぼくは一人呟いた。
 佳奈花と食事に行ったのが、先週の金曜。土日を除いて、今週の月曜から金曜まで、柊と顔を合わせる機会は何度もあったわけだが、その間一度もぼくは先週の金曜のことを言及していなかった。彼のほうもこっちのことを訊こうとはしなかったから、何となくのうちに、暗黙の了解的なものが出来上がってしまっているのだった。
 まぁそれについてはいずれ聞く機会もあるだろう。わざわざ、他人の交友関係に口を突っ込むようなこともない。赤信号を前にしてブレーキを踏みながら、そう思った。
 さて、ぼくは今、愛車である青いミニバンを駆って、とある場所へと移動中だ。大学に通うため住んでいるアパートから、車で片道二時間。同じ県内にある田舎町に、ぼくは向かっている。
 要するに、里帰りだ。



 景色は、家よりも木々のほうが多いくらいだ。未だに下水道の完備もなされていないこの町が、ぼくの故郷だ。
 ぼくの両親は、共に寒い地方の生まれだった。勿論祖父母も、父さんの兄、つまりは伯父さんもだ。父さんと母さんは幼馴染で、昔から仲が良かったらしい。そんな二人が結婚したのも、当然の成り行きと言えるだろう。
 ところが父方の祖父母が兄夫婦と共にこちらに移り住み、母さんと結婚した父さんも、ぼくが産まれてしばらくの頃、こちらに引っ越したらしい。その辺りの事情はよく知らないのだが、かくして、うちの一族はこの農村地帯を第二の故郷としたわけである。
 まばらな住宅街を抜けていくと、その中でもあまり古めかしくない瓦葺の家に辿り着いた。現在、ここには祖父母が住んでいる。
 都会じゃ考えられない広い庭に車を入れ、エンジン停止、車から降りる。砂利を渡って玄関の呼び鈴を押すと、程なく、使い古された床が軋む音が聞こえてきた。
 ガラリと玄関が開く。出迎えたのは、頭が禿げ上がった老人の男性だ。
「おう、修か。よう来た」
 老人は厳つい顔を皺だらけにして微笑んだ。ぼくの祖父、峰岸剛太である。御年七十七歳。
「ただいま爺ちゃん。婆ちゃんは?」
「ああ、おるよ。さ、上がれ上がれ」
「お邪魔します」
 玄関をくぐると、懐かしい匂いで胸が満たされた。ああ、帰ってきたんだなぁ、と身体全体で実感する。
 田舎の家は、総じて広い。この家の面積だけで、ぼくの住むボロアパート以上の広さがあるのだ。部屋の数を数え、長い廊下をみしみしと鳴らしながら居間に辿り着く。
 居間では、背中を丸めた婆ちゃんが背中を丸めていた。
「あら修ちゃん、おかえり」
 にっこりと微笑む。柔らかな笑顔。ぼくを無条件で受け入れてくれる人の、暖かい笑顔だ。
「あっちはどう? 寒くない?」
「大丈夫だよ、まだ風邪は引いてないし、防寒もしっかりしてる」
 ぼくもコタツに入りながら応えた。醤油煎餅の封を空け、齧る。
「お茶入れようか? 冷蔵庫にはジュースもあるが」
「いや、いいよ。あんまり喉も渇いてないしね」
 申し出を固辞して、壁にかけられた時計を見る。時刻は午前十時。
「そう言えば兄ちゃんは? 今日帰ってくるって聞いてたけど」
「ああ、まだじゃの。あいつも忙しかろうから、そうすぐには帰ってこれんのだろう」
 そう言って、飲みかけだった茶を啜る爺ちゃん。
 ──と、まるで狙いすましたかのように呼び鈴が鳴った。
「おう、噂をすれば」
 爺ちゃんが立ち上がり、いそいそと玄関に向かった。風通しの良い造りのせいで、居間にいながらにして玄関でのやりとりが聞こえてくる。よう帰ってきたな。お爺ちゃんも久しぶり。
 廊下を歩く足音が二つ。ぼくはそれが一番近くなるタイミングに合わせて、居間の入り口を振り仰いだ。
「お帰り、兄さん」
「ただいま修」
 精悍さよりも柔和さの目立つ、穏やかそうな成年男性がそこに立っていた。高そうなスーツに身を包み、手には土産と思しき包みを持っている。
「仕事からそのまま来たの?」
「いや、単にこの姿のほうが落ち着くってだけだ」
 兄さん──従兄の康介兄さんは、根っからのワーカホリックだ。そのお陰で三十歳にして、ベンチャービジネスを取り仕切る若手社長なんてものになれたんだろうけれど。およそ百人の従業員を抱え、今でも自らの足で東奔西走している仕事好きだ。
 まぁもっとも、この人がそこまで頑張るのには、また別の理由があったのだけれど──
「今日は千晶さんと明君は連れてきてないの?」
 思い出しかけた記憶に封をするように、ぼくは話題と思考をずらす。
「遅れてくる。午前中は明の保育園のお遊戯会でな。千晶はそれに行ってるんだ」
 ちなみに、千晶さんと明君というのは、兄さんの奥さんと息子さんである。
「たまにはちゃんと家族サービスしないと愛想つかされちゃうよ」
「分かってるよ」
 兄さんは少し拗ねてしまったようだった。まぁ、仕事も好きだけどそれ以上に家族も大切にしているので、多分大丈夫だろう。本当に大事なときは、きちんと家族を選ぶ人だ。
「それでお前、就職は結局どこにするんだ? 俺のとこでいいなら取り計らっておくぞ」
「うん……そうだね。考えておく」
 就職、それも今のぼくにとっては考えておかなくてはならないことの一つだ。
 ぼくは、将来普通の暮らしができる程度の収入が得られるのであれば、これといって希望する就職先も特にない。
 一応、今のところできるだけの就職活動は始めているのだが、昔からぼくのことを気にかけてくれている兄さんは、たびたび、自分の会社に来ないかと打診してくる。それも悪くない。何より、あまり遠くに引っ越す必要がなさそうだ、という点で。
 ぼくが新卒として就職する頃には、佳奈花は中学生になる。ぼくと佳奈花の関係がいつ、どのような終わりを迎えるのかは分からないが、物理的な距離が原因で、なし崩しに終えてしまうのは、何となく嫌だった。
 ぼく自身の、身勝手な執着だ。遠距離恋愛であれば、ぼく自身が佳奈花に手を出してしまうことは絶対にありえない。そういう意味で佳奈花は安全だ。いっそのこと関係が終わってしまえば、佳奈花はぼく以外の、もっとふさわしいパートナーと付き合えるようになるわけで、悪いことではないはずだ。
 だが、あの子の隣に、ぼく以外の誰かがいる──それを想像するだけで、心の中にどす黒い澱が溜まってくる気分だった。
 何て浅ましい。
 ぼくは結局、あの子を独占していたいだけじゃないか。
「昼はどうするね? 久しぶりに修ちゃんと康ちゃんが来たし、寿司でも取ろうか?」
 表向き穏やかな表情でお茶を啜るぼくの横で、婆ちゃんが言う。
「わしゃ鰻がいいが」
「あんたの好みなんぞ聞いとらん」
 ぴしゃりと断ち切る婆ちゃん。爺ちゃんが拗ねた顔をする。その表情はさっきの兄さんそっくりだ。おそらく、ぼくも拗ねたらあんな顔をするのだろう。父さんだって──
「────」
 ……いけないな、ここは。
 どうしても強く意識してしまう。そのたびに胸が軋みを上げるというのに。
 が、そうも言っていられない。ぼくが月に一度里帰りするそもそもの目的は、その軋みと相対するためなのだから。
 よっこらせ、とコタツから立ち上がった。
「昼までに時間あるし、今のうちにすませてくるよ。先生のところにも顔を出しておく」
 なんでもないように言ったつもりだったが、場の空気がわずかに、ほんのわずかに、硬質さを帯びた。でもそれもいつものことで、いつかのような気まずさは、もうない。どんなことであっても、人間、大抵のことには慣れてしまう。
 許すことはできなくても。
「ああ、分かった。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 婆ちゃんに言葉を返し、部屋を出た。廊下を歩いていると、後ろから修ちゃん、と同じ声がかかった。
「今日は泊まっていくんじゃろ?」
「うん」
 それだけ答えて、ぼくは歩みを止めない。
 玄関の脇には壁に下げられた小さな鏡がある。爺ちゃんや父さん、兄さんの高さに合わせられたそれには、当たり前のようにぼくにとってもちょうどいい位置にある。出かける前に、髪型や襟元をちょっと正したいときには非常に便利だ。
 ぼくは鏡を見なかった。
 きっとそこに『ぼく』は映っていないから。










 常緑樹が作り出す木漏れ日のせいか、十二月だというのにそこには柔らかな温かみが宿っていた。それでも木々の間をすり抜けてくる風は寒く、ちらほら見かける人も一様に厚手の服に身を包んでいる。
 桶と柄杓、花束と箒、手に、ぼくは黄色い土を踏みながら歩いていく。
 左右に立ち並ぶ石の群れ。それは、要するに証なのだと思う。ここにその人がいるんですよと、かつて確かにその人がいたんですよと、主張している。その主張を強固なものとするために、その下に骨を埋め、花で飾り、線香を立てる。
 ただ(・・)いなくなったのではない、という想いが、きっと人に墓を作らせる。
 でも現実として、人はただいなくなる。どれほどのことを成し遂げようと、結局のところ、人は死ぬ。人々の中には確かにその人の記憶は残り、遺書や遺産といった形で、その人が生前蓄えたもの、成したことは残るだろう。
 でも、その人そのものが残るわけじゃない。
 葬式が故人のためではなく、遺された人々のために行われる。それは遺された人々の慰めでもあるけれど、同時に、既にいなくなってしまっている死者に対しては、最早何もできないからだ。
 足を止める。雨風に晒され、ごつごつとした表面を見せるそれ。深く彫り抜かれた部分に、辛うじて『峰岸』の文字が読み取れる。峰岸家の墓。──父さんと母さんの遺骨が納められた墓。
 ぼくの父さんと母さんは、ぼくが小学六年生のときに死んだ。今日はその月命日だ。
 父さんと母さんの死は、驚くほどあっけなく、突然で、理不尽だった。遺言だとか辞世の句だとか、そんなものを遺す暇さえ与えられなかった。
 ぼくが人間でなくなったのも、そのときからだ。
 柄杓で墓に水をかける。蜘蛛の巣を払い、枯れた花を取り替え、箒であたりを掃く。それら全てが終わってから、懐から数珠を取り出し、墓前で手を合わせた。
 ここには父さんも母さんもいない。二人とも、あのとき、ぼくの目の前でいなくなってしまった。
 いなくなってしまったけれど。
 弔いをやめることはできない。
 祈らずにはいられない。
 まだこの町で暮らし、近くの中学校、高校に通っていた頃も、こうして月命日のたびに墓を訪れ、掃除をしていた。でもそれは、『周りの人がそうしているから』『それが常識だから』という理由からであって、両親を弔おうという気持ちからではなかった。そうであるべきだ、という認識はあったが、生憎とぼくの中からは、そういうものすら摩滅していた。
 今は違う。
 夜沙子さんによって、ようやく人間らしさを取り戻してから、かつては作業でしかなかったこの行為は、かけがえのない、他の何よりも(或いは佳奈花のことよりも)優先すべきこととなって、ぼくの行動予定の中に組み込まれている。人間でなかった頃のぼくには何でもなかったこの場所は、人間になってしまったぼくにとっては、立っているだけでも辛く、けれど離れることもできない、そんな場所になってしまった。
 でもそれはきっと幸福なことだ。喜ばしくはないけれど、悲しいことを悲しいと思えないよりはずっといい。
 少しばかり遅くなってしまったけれど、こうして自分からこの場に立てるということは、嬉しいことだ。
 ……じくりと、瘡蓋の下から、何かが。
 ああ、やっぱり、ここに長い間いることはできない。ぼくが父さんや母さんへのことを強く思い出せば出すほど、思い出したくない、意識したくないものが、同じ場所からせり上がってくる。
 合掌をやめ、顔を上げた。
 目の前にあるのはやはり、直方体に形を整えられた石の塊でしかない。
 もう一度だけ礼をして、ぼくは、そこを去った。

 ──胸の内には、黒炭のように燻り続けるものがある。二人が死んだときに生まれ、つい一年前にようやく名前を思い出したものが。
 長く長く、熱を帯び続けるそれは、以前のぼくと今のぼくが連続していることの、唯一の証明だ。
 多分、それは一生消えることはない。










 町の端にある霊園から車で十五分。町のほぼ反対側に位置するそこに辿り着く。大きさはそれほどでもない、とある病院である。
 あらかじめ予約はしてあったので、顔なじみの受付のお姉さんと挨拶を交わして待合室に入る。冬ということもあって、病院に来た人にはやはり風邪を引いている人が多いようだ。そこここからゴホゴホと咳き込む音が聞こえてくる。
 ぼくはそれらを尻目に待合室を通り抜けて、階段を上った。
 一階と対照的に、二階は人が少ない。というか、いない。こっちは一階の内科・外科と違って完全予約制なので、待合室などそもそもなく、廊下に並んだ革張りのソファがその代わりだった。
 座って待つ必要はなさそうだった。診察室に、今人の気配はない。
 控えめにノックすると、入りなさい、と穏やかな声が中から聞こえてきた。
 ドアを開ける。薄いカーテン越しの人影。それをくぐると、頭に白いものの混じり始めた中年の男性がぼくを迎えた。
 白衣姿。表情は柔らかく、人を無条件に安心させるような余裕と包容力が、そこにはあった。ブラウン系のスーツに着替えれば、小学校の校長先生なんかも似合っていそうだ。
 それも、人の心と向き合う職業としては必要なものかもしれない。
 この温和そうな医師、村上先生は、いわゆる『心のお医者さん』だ。小学校の保険医の紹介で、両親の死に際して心に深い傷を負ったぼくのカウンセリング担当になった人だ。
 ……まぁもっとも、先生はぼくの心の傷を回復させることはできなかったわけだけど、それは彼の非ではない。
「経過は良さそうですね」
 先生はリラックスした態度で言う。三ヶ月に一度、ぼくはここを訪れる。定期検診と言ってはいるが、今となってはただ世間話をしに来ているのに等しい。
「おかげさまで」
「私は何もしてませんよ」
 先生が苦笑する。そこには少しだけ悔しさがあった。
 恐らく、この人はまだ悔いているのだろう。当時十二歳の少年との六年間のうち、何もできないままその背中を見送るしかなかったのだから。
 でもそれも当然かもしれない。傷は致命傷で、ここに担ぎ込まれたとき、ぼくはとっくに死んでいたのだから。死者の面倒を見るのは、医者の本分じゃない。じゃあ誰の本分かと言えば、それは霊媒師とかシャーマンとかじゃないだろうか。
 まぁ、夜沙子さんにシャーマンの素質があったかどうかはともかく、枯れた心を蘇らせるのは、温かな抱擁でも優しい言葉でも周囲の理解でもなく、揺るがぬ意志や、人の領域に土足で踏み入る精神や、容赦も気遣いの欠片もない解体であったりするのだ。
 つまりそれが夜沙子さんだった。そこに柊を入れてやってもいい。彼もまた夜沙子さんと同様、ぼくを人間にした一人だ。原もまぁ、どうしてもと言うのなら。
「ご友人方とは仲良くやっていますか」
「はぁ、まぁ。どいつもこいつも変なのばかりですけど」
 柊の仏頂面を思い浮かべながら言った。我ながら個性的な面々が揃っていると思う交友関係だけど、誰が一番かと言えばやっぱり柊だ。目立っているわけではないが、難儀な奴というか、独特の行動原理を持っている。
 それを言うなら夜沙子さんもか。ぼくと『恋人関係』を続けていたあの人も、大概、変人だ。
 夜沙子さんは、それを自分の欠陥だと言っている。あの関係だって、死んでしまっていたぼくと、恋愛感情を理解できない(・・・・・・・・・・・)夜沙子さんが、お互いの中に存在しないものが発生するのかという実験のために結んだ契約だった。
 つまり、順序が逆(・・・・)
 結果は言うまでもなく。ぼくが佳奈花の告白を受けたことで、その関係は終わりを告げた。終了条件は『パートナー、或いはそれ以外の誰かに恋愛感情を抱くこと』だったから。恋した相手が前者なら継続、後者なら終了だったのだ。
 だから今も、夜沙子さんは欠陥を抱えている。
「────」
 ……ふと考えてみれば、一番変じゃないのは原ってことになる。あいつ、テンション高いだけの馬鹿だけど、一応まともな人間性は備えているし。鏡先輩は原以上に感情の起伏が激しいし、この頃顔を合わせていない松ヶ枝にしたってまともとは言いがたい。バイク買う金欲しさにアパート引き払って洞窟で生活し始めるようなやつだ。
「どうしたんですか、黙り込んで」
「いえ、もうちょっと交友関係を広げるべきかなと」
 まともな方向に。
「それは良いことです。多くの人との付き合いは見識を広め、心を豊かにします」
 にっこりと、村上先生。ぼくの現在の友人についてつぶさに語ってあげたい気持ちになったが、やめておいた。
「それはそうと、現在の恋人とは上手くいっていますか?」
 先生の顔に好奇の色が現れる。職務として患者の状況を知ろうとするよりも、この人自身の性格が首をもたげたようだ。
「ぼくにはもったいないくらい、いい子ですよ」
 先生には、佳奈花のことは年齢などある程度のことは伏せて話してある。勿論、それ以前の夜沙子さんとの交際についても先生は知っている。交際の理由を聞いたときは、何とも言えない顔をしたものだが。
「前の恋人との間に問題は?」
「特に何もないですよ。まぁ後輩としてこき使われてはいますけどね」
 それがぼくにとって必要なことだとは、言わなかった。それを他人に言うことは何故か憚られた。未練、そういったものを、人に見せたくないという、ぼくの自尊心なのだろうか。どうだろう。
 ぼくにとって、真に心の内を晒せるのは、夜沙子さんと、あとは柊くらいのものかもしれない。爺ちゃんや婆ちゃんや兄さんですら、その括りの中には入ってこれない。
 いつかその中に佳奈花が加わる日は来るだろうか。来てほしいという願いがあり、来ないだろうという確信があった。佳奈花にぼくの醜い欲望を晒す勇気は、ぼくにはなかった。そしてまた、佳奈花がそれを受け止めてくれることを望んでもいない。
「問題がないのなら、良いことです」
 先生はうんうん、と頷いた。
 ふと時計を見る。午前の診療時間の終わりが近づいていた。
「先生、そろそろ」
「ああ……そうですね。では今日はこれで」
 立ち上がり、診察室をあとにする。
「修平君」
 部屋を出るとき、先生が声をかけてきた。
「いつか君の彼女、紹介してくださいね。祝福します」
「ええ、いつか?」
 笑顔に笑顔で返した。
 勿論、そんな日が来るなどとは、ぼくは全く思っていない。



 車を走らせる。
 透き通るような晴れた空の下、家族の待つ、懐かしの我が家へと帰っていく。










back




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送