op. 木漏れ日の下/Memories.
あるじどの、あるじどの──
ちいさなおんなのこが、ぼくのあとをついてくる。
ぼくはそれをしりながら、それでもずっとはしりつづけた。
おやしきののきしたをかけぬけて、
はやしにつもったはっぱをふみしめ、
いけのほとりのいしのうえをはねて、
なわがまかれたおおきなきのまえをとおりすぎ、
ひろいひろいにわのなかを、はしからはしまでぐるりとはしって、
おやしきをとりかこむへいの、いちばんすみっこ。
ぼくしかしらない、ひみつのちいさなぬけあな。
そこをとおりぬけて、ぼくはやまのなかに入っていった。
それでもおんなのこは、ずっとついてくる。
──すこし、いじわるしたくなった。
またれよ、あるじどの──
つかれるのは、いつもそのおんなのこがさきだった。ぼくのほうがすこしおにいちゃんだし、ぼくはおとこのこだ。だから、ぼくのほうがまだつかれない。
だからちょっとだけ、ほんのちょっとだけいじわるしたくなって、ぼくはいまよりすこしはやくはしった。
だけど、はしって、はしって、はしりつづけて、とちゅうからそんなことはわすれて、ただはしりまわることがたのしくなっていた。
あるじどの、あるじどの──
それでもおんなのこはついてくる。
いいかげんぼくもつかれてきたから、はしるのをやめて、そこらへんにあったきのねっこのところにすわった。おんなのこもようやくおいついて、となりにすわった。
あるじどの、あまりむちゃをされてはこまる──
ちょっとおこったように、おんなのこはいう。むちゃなんかしていなかったけれど、おんなのこがいきをきらしてとてもつかれていたみたいだから、とりあえずごめんとあやまった。
おこったこのこのかおはめずらしかったから、ぼくはしばらく、おんなのこのかおをみつめていた。
どうか、なされたか──?
なにも、とこたえて、ぼくはめをそむけた。
きのえだのすきまから、おひさまのひかりがもれて、ぼくとおんなのこにふりそそいでいる。
ぽかぽかとあたたかくてきもちいい、はるのひ。ぼくはおんなのこにひざまくらをしてもらって、そのままぼうっと、きのえだのすきまからもれてくるひかりをみていた。
さわさわとえだがゆれるたびに、ひかりもゆらゆらとゆれうごく。そのおととうごきはとてもたのしくて、きれいで、でもなんでか、すこしかなしくなった。
しばらくたって、ぼくはもういちどおんなのこをみた。いつのまにかおんなのこはねてしまっていて、めをとじてすぅすぅとちいさくいきをはいていた。あたまがこくりこくりとゆれている。
おこそうかな、とおもったけれど、せっかくねむっているんだから、おこすのもかわいそうなきがして、やめた。
ふわぁ、とあくびがでた。なんだかぼくも、ねむくなってきちゃったみたいだ。
かえりがおそくなると、たぶんおとうさんにおこられちゃうだろう。けれど、もうねむいんだからしかたがない。
それに、おこられるときは、ぼくもこのこもいっしょだ。もしこのこだけがおこられるようなことがあったら、ぼくもいっしょにおこられよう。ふたりなら、へいきだから。
どんなことでも、ふたりならへいきだから。
このこは、ぼくをまもってくれるひとだと、おとうさんがいっていた。それなら、ぼくをまもってこのこがけがをしたら、そのときは。
そのときは、ぼくが──
こころのなかで、そのことをきめて、ぼくもゆっくり、ゆっくりとねむっていった。
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