吸血鬼




 吸血鬼といえば「血を吸う鬼」のことで、他にも「蝙蝠や狼や霧に化ける」「心臓に杭を打たないと死なない」「鏡に映らない」「流れる水を越えられない」「銀や十字架やにんにくに弱い」「噛まれたものも吸血鬼になる」などの特徴も持つ。
 それらは確かに自分たちの知る吸血鬼だけど、そうなるまでには他の伝承に漏れず多くの変化を経てきた。
 まずは、自分たちの知る彼らのモデルとなった人物を。


・『串刺し公』

 吸血鬼の代名詞としてもメジャーなドラキュラ(Dracula)は、イギリスの作家、ブラム・ストーカー作の同名の怪奇小説の主人公。たまに吸血鬼=ドラキュラだと思っている人がいるけど、それはちょっと間違っていて、ドラキュラは吸血鬼の一人、というだけで吸血鬼の総称ではない。
 吸血鬼の英語名は正しくはヴァンパイア(Vampire)。
 ドラキュラにはモデルになった人物がいて、その名をヴラドという。1460年頃、ルーマニアのワラキア公国の領主だった人物である。

 ヴラドが吸血鬼のモデルとなるからには、当然そう見なされるだけの理由がある。
 時は1462年、ワラキアに侵攻中だったトルコ軍は、ヴラドのいる城の手前まで来たところで、異様な光景を目にすることになる。
 小高い丘の上一面に、串刺しにされた人間の姿があった。
 野鳥に啄ばまれぼろぼろになっていたそれらは、彼らと同じトルコ兵であったという。
 視界に広がる仲間達の無残な姿にトルコ軍は戦意喪失し、数日後には引き上げていったという。そりゃ疲れてやっと最終目標近くまで来てそんな光景見せられたら誰だって帰りたくもなるだろう。
 
 ブラム・ストーカーはその話を元に『ドラキュラ』を書いたわけだが、『ドラキュラ』という単語も彼にちなんでつけられたものだという。
 彼の父もまたヴラドという名だったが、父は神聖ローマ帝国から竜騎士の位を授けられたことから『ドラクル』と呼ばれていた。よって、その子だったヴラドもまた、自らを『ドラクラ(竜の子)』と称していたらしく、それが『ドラキュラ』の元らしい。よって当時、ドラクラ、ドラキュラといった単語は特別吸血鬼と関連性のある言葉ではなかった。
 
 ちなみにツェペシュ、というのが『串刺し』の意味を持つ。ヴラドはヴラド・ツェペシュと紹介されることが多いが、それはつまり「串刺し公ヴラド」という意味。
 そんな彼だが、祖国では英雄視されている。ワラキアは小さな国で、トルコなどの大国に本来敵うはずもなかったのである。それを食い止めてきたのが、彼の軍人としての手腕であったのだから。

 トランシルヴァニアでは、魔女、魔術師、犯罪者、破門者、生まれる前から歯が生えていたり、羊膜がついたまま生まれた者が吸血鬼になると言われていた。
 この中でヴラドが該当するとすれば「破門者」である。ヴラドはハンガリー国王の妹と恋に落ち、結婚する際に宗旨替えをしているからである。
 
 ヴラドは吸血鬼ではなかったが、彼の取ったトルコ人の捕虜を野原一面に串刺しにするという残虐で効果的な戦術は、確かに吸血鬼と呼ばしめるに相応しいものだったのだろう。

 余談だが、ブラム・ストーカー自身はルーマニアに行ったことはない。ホントにどうでもいいことだけど。


・『女吸血鬼』
 
 女吸血鬼、と聞くとどうしても妖艶なイメージやエロティシズムを感じずにはいられないものだが(だって男だし)、最近は結構少女や幼女の女吸血鬼が多い。実際そういった吸血鬼を題材にしたものが日本には多い。(吸血姫美夕とか『屍鬼』の彼女とか。マイナーか)
 ちなみにアメリカでは、黒の長髪のセクシーな美人、というのが典型らしい。
 しかし、世界的に見れば女の吸血鬼というのは少なく感じられる。実際、伝わる伝承の中では吸血鬼はほとんど男か、または性別を言及されておらず、『女吸血鬼』として強調されるものはあまり聞かない。
 その中で割と知られているのが『吸血鬼カーミラ』だが、このカーミラにもモデルになった人物がいる。それがエリザベート・バートリー夫人である。

 エリザベート夫人は、ハンガリーのトランシルヴァニア地方の貴族の娘として生まれ、15歳のときハンガリーの名家であるナダスディ家のフェレンツと結婚し、ツェイテ城に住むことになる。
 しかしフェレンツは隣のトルコとの戦に忙しく、エリザベートは暇を持て余していたという。
 ある日、侍女の一人に髪を梳かせていたが、それがあまりにも下手だったのでエリザベートは侍女を血が出るまで殴った。その時手に返り血を浴びてしまったが、その血のついた部分が拭き取ったあとがやけにすべすべしているように思えた。この出来事が発端となった。

 そのうち、エリザベートは一人の娘を部屋に呼びつけ、服を脱がし、たらいの中で気絶するまで殴打した。そして娘の体を切りつけ、血をたらいにためてその血を浴びたという。こうすることで若さを保てるとエリザベートは信じたのだ。
 1604年、エリザベートが44歳の時に夫が亡くなり、以後彼女の行為はエスカレートしていくことになる。
 
 エリザベートは「鉄の処女」や「鉄の鳥篭」といった拷問器具を使用し、若い娘の血を絞り取ってはその身に浴びていたという。
 最初は村の農民の娘の血を浴びていたが、それでも足りなくなると近隣の娘を攫うようになり、貴族の娘にまで手を出したところでとうとう城に捜査の手が伸びた。
 1610年のことである。城の地下室には、血を抜かれた娘の死体が山と積まれていたという。それまで犠牲になった娘の数は600人を超えていた。

 翌年に裁判が行われ、彼女の行為に目を瞑っていた召使達は皆処刑されたが、エリザベート本人は伯爵夫人という立場もあり死刑は免れた。が、彼女にしてみれば、まだ美しいと思えていたうちに死ねたほうが幸せだったかもしれない。
 彼女は終身禁固刑を言い渡され、食事を渡すための小さな窓以外何もない地下室に閉じ込められ続け、それから三年半後、彼女は息を引き取った。
 かつての美しさは見る影もなく、顔は皺だらけになっていたという。
 
 血を浴びるという行為と、永遠の美しさ。これらは確かに女吸血鬼の持つイメージとも言えるだろう。
 ……個人的には少女吸血鬼のほうが好きだけど。
 
 
・『青髭』

『青髭』というのは残酷童話として知られる物語だが、これのモデルとなったのがジル・ド・レである。
 ジル・ド・レ自身は、上二人ほどに『吸血鬼』していないが、流した血とその性癖という点では確かに吸血鬼と呼んでも良いだろう。
 
 ジル・ド・レはフランス西部ブルターニュに生まれ、祖父から英才教育を受け幼い頃から多くの本を読み教養を身につけた。16歳の時に名門貴族の娘と結婚し、20歳でシャルル7世に仕えることになる。
 シャルル7世といえばかの有名なジャンヌ・ダルクも仕えた王である。ジル・ド・レとジャンヌ・ダルクは、共にオルレアンの戦場を駆けた仲でもあった。
 オルレアンの戦いからジャンヌ・ダルクとジル・ド・レは共に戦いに赴き、後にジル・ド・レは「元帥」というフランス騎士にとって最高の称号を手にすることになった。
 
 しかし、その後ジャンヌは捕らえられ、魔女として処刑されることになる。敬愛していた聖女の死がきっかけだったのか、それとも元々そういう性癖の持ち主だったのか、この頃から彼は歪んでいくことになる。

 彼は黒魔術や錬金術にのめり込み、幼い男児を誘拐しては城に連れ込み、残虐行為を繰り返していたという。それらの行為を書くと、流石に一応は全年齢対象であるこのサイト(嘘つけ)の運営に関わるので書けないが、とりあえず主観的にはエリザベートよりも残虐だった。
 が、やがて捕らえていた子供が逃げ出し、彼の罪は明るみに出ることになる。
 裁判の場において、ジル・ド・レは自らの罪を告白したが、そのあまりの内容に傍聴人は泣き叫び、嘔吐したものさえいるという。
 1440年10月26日、36歳で火刑に処せられることになる。
 
 
・伝説上の吸血鬼、小説上の吸血鬼。

 典型的な吸血鬼像は上で述べた通りだが、吸血鬼伝説自体はそれより古くからあった。
 スラヴの吸血鬼は『クドラク』と呼ばれ、生前魔術師だったものが死後吸血鬼になると言われた。これを防ぐため、人々は死体の心臓に杭を打ち、また切断した首を足の間において埋葬したという。
 また、このクドラクに対抗する存在としてクルースニクと呼ばれる存在が居り、クドラクとクルースニクは共に獣や火炎に姿を変え激戦を繰り広げるという。ヴァンパイアとハンターの図式は既にあったわけだ。
 クドラクやクルースニクがいつごろ成立したのかは分からないが、吸血鬼伝説の流れは古代ルーマニアにあり、それがキリスト教やスラブ文化と触れることで発展していったと考えられる。吸血鬼の被害にあったものもまた吸血鬼になるというある種の約束も、或いは交流によって流れてきた新種の伝染病の被害から生まれたものではないだろうか。
 実際、民間伝承の吸血鬼は自分の親族を襲うという。これは今でこそ、病人と多く触れた家族が感染するのは当たり前と言えることだが、昔の人はそうは考えなかったのだろう。あと「噛まれて感染」というと狂犬病のイメージも重なってくる。
「流れる水を越えられない」「にんにくに弱い」というのも、ウイルスや細菌を想起させる。鼠を媒介とする伝染病などは、当然のことながら川を越えてまで感染することはないし、にんにくには殺菌作用がある。
 また、この段階では吸血鬼は知能のない獣のようなもので、言ってしまえば『バイオハザード』のゾンビのイメージに近い。(実際、アレもウイルス感染によるものだったっけ)
 永遠の若さを持つとか言われ始めるのは、もっと後になってから。
 
 それまでの(現代も一部ではそうかもしれないが)吸血鬼は、永遠に生きるものではなかった。イスラム教のジプシーの多くは、彼らが数ヶ月程度しか生きないと言っている。
 これらには、やはり吸血鬼の成り立ちそのものが関連しているのではないだろうか。
 そもそも吸血鬼伝説の生まれた土地はほとんどが気温が低く乾燥した土地で、死体が腐りにくかった。日本は湿気が多いので、同じように埋葬してもすぐ腐って骨になる。だから日本のような土地では、初期段階の吸血鬼や、ゾンビのような妖怪は生まれなかった。日本では霊魂がカタチとなって現れる場合が多く、例えば骨の妖怪であるガシャドクロもまた戦場で死んだ者の怨念が集まってできると言われた。

 話を戻して。つまり、死体が腐りにくい、ということは掘り返しても季節によっては生前とあまり変わらぬ状況のままということもありえる。どころか、内側から腐敗が始まっていた場合、発生したガスによって死体は死んだ直後より膨らんでいてどこか血色良く見える。まるで生きているように、である。なればこそ、人はそれが墓を抜け出し、動き回って血を吸ったと考えたのではないだろうか。
 そんな死体もやがては腐る。だからこそ「数ヶ月の命」だったのではないだろうか。

 そして死して腐らない、ということは、死者の国にも生者の国にも受け入れられないもの、と考えられた。故に、「腐らない死体=吸血鬼」の図式が誕生したのだろう。
 ではそうなる者はどういったものであるとされたのか。
 キリスト教ではおおよそ、キリスト教に反するものが吸血鬼になるとされた。(毎度のこと非常に分かりやすい考えだなぁ、とか言うと怒られそうだ)
 また、これはスラヴからの流れだが、人狼もまた死すと吸血鬼になると言われた。人狼は現代では一種の獣憑き(日本でいうところの狐憑きみたいなものか)と考えられている。16世紀〜17世紀のヨーロッパでは人狼の目撃情報は3万を超えたという。
 
 吸血鬼の実態は何か、と問われれば、昔からの伝承+気候的な問題や伝染病など、と言える。
 しかし時代が進むにつれて細菌が発見され、伝染病のメカニズムが分かるにしたがって、吸血鬼はそれまであった基盤を失ってしまう。
 ここに至ってようやく、吸血鬼は「正体不明の魔物」として町村から都市部の夜へと移っていくことになる。
 
 今知られているスタンダードな吸血鬼は、青白い肌で痩せており、黒いマントを羽織っている、というのものだろう。だがそれらは殆どが後世の手によるものである。
 伝説上の吸血鬼は、本来、恰幅が良く顔色も良かった。顔が青白くなるのは小説以降。
 マントを羽織って飛ぶのも、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」が舞台化されてからだ。
 先に述べた、民間伝承の吸血鬼は親族を襲うが、小説以降の吸血鬼は他人を襲う。そっちのほうが小説として面白いからだろう。自分だってそうする。処女の血を好む、というのもいかにもそれっぽい。
 少なくとも現在誰もが思い浮かべる吸血鬼は、それが生まれた当時の面影をほとんど残していない。特に外見的特徴や性格はまったく変わってしまった。共通するのは性質や弱点程度のものだろうか。
 
 ……まぁここまで書いといてアレなんだけど、全部が全部気にしてたらもう吸血鬼ネタの小説なんて書けなくなるが。_| ̄|○
 折り合いをつけて辻褄合わせて書くのが現代ファンタジー、とか思ってみる。
 
 
・現代の吸血鬼
 つまるところ今の自分達が思い浮かべる吸血鬼というのは、大昔からの伝承を基盤に、ヴラドやエリザベートから得たイメージによって、小説家や演出家によって構築されていったもの。
 昨今、吸血鬼を題材とした物語は溢れている。『月姫』然り『ヴェドゴニア』然り(パソゲーだが)
 小説なら『屍鬼』『吸血鬼ハンターD』、ゲームなら『悪魔城ドラキュラ』、漫画なら『ヘルシング』等等。
 探せばどこかに目に付くくらい、吸血鬼というものは大衆に好まれている。分かりやすくそしてインパクトの強い、「吸血」という行為、そしてそのビジュアルが目を惹くのだろう。
 
 それらの物語ではなく、現代にも吸血鬼と呼ばれる者達がいる。ただし超常の力を持つ伝説上の吸血鬼ではなく、寧ろジル・ド・レのように、行いがあまりにも猟奇的で残酷だったが故にそう呼ばれた殺人者達のことだ。
 自分が知る限り代表的なのは、「ロンドンの吸血鬼」ジョン・ジョージ・ヘイ、「サクラメントの吸血鬼」リチャード・チェイス、「ハーノバーの吸血鬼」フリッツ・ハールマン、「デュッセルドルフの吸血鬼」ペーター・キュルテンなどだろうか。
 特にペーター・キュルテンは手塚治虫が漫画化までしているので、一度お目にかかったこともあるのではないだろうか。



 吸血鬼は吸うほうも吸われるほうも美少女のほうがウケがいいというのは定説なんだろうなぁ。一部では。
 
 
 
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